この記事では、メキシコで最近人気の「エクスボト(レタブロ)」について紹介します!
このエクスボト、時代ごとのチランゴ(メキシコシティ市民)やメキシコの田舎の庶民たちの生活や、日々思っていること、願いを知ることができる「生活に根付いたアート」として、大人気なんです。
もくじ
「エクスボト(Ex-voto)」とは
エクスボト(Ex-voto)とは、メキシコの奉納画です。
- retablo(レタブロ)
- lamina(ラミナ)
とも呼ばれます。
奉納画とは、ある宗教の信者が、何かの誓いやお願いをするときやお礼を表すために、聖所(教会やお寺など)に納めるもののこと。
日本人の感覚的にわかりやすく言うと、願い事を書いて奉納する「絵馬」のようなものです。
ただし、エクスボトの場合は、教会に「事後報告」をするために描かれます。
つまり、なにか神様にお願い事をして、その後の結果報告のためにエクスボトがあるのです。それで、エクスボトは「逆絵馬」とも呼ばれているよう。
昔のエクスボト
メキシコは、国民の多くがカトリックのキリスト教。
なので、エクスボトには、キリストや聖人、聖母マリアの絵が描かれます。
古いものは、こんな感じ。(↓)
絵だけのパターン。
1950年代のものと思われます。
(メキシコの文化人類学者、レチューガさんのコレクションより。)
近代〜最近のエクスボト
一般的なものは、ブリキの板に病人と聖母マリアが描かれ、その絵の脇に「家族の病気が治りました、神様ありがとう」という手書きがしてあったり、
畑に立つキリスト教が描かれ「今年の干ばつの際、私の家の畑の被害はこれだけで済みました。感謝します。」と書いてあったり、といった感じです。
(↑)およそ100年前の、1911年に描かれたエクスボト。
ある男性が牛に襲われたけど、命が助かったことにお礼を言っています。
実はこのエクスボト、外国人ファンも多く、「メキシコの民芸品(アルテサニア)」として注目を浴びてきています。
その魅力とは、なんなのでしょうか?
メキシコのエクスボトの魅力
エクスボトは、ヨーロッパや他のラテンアメリカの地域にもあります。
しかし、メキシコのものが人気なのはなぜなのでしょうか?
素朴な絵
メキシコのエクスボトの魅力は、まずその素朴な絵です。
エクスボトを描くのは、絵描きだけではありません。プロのレタブレロ(エクスボト職人)もいますが、一般の人も描きます。
ヨーロッパのエクスボトはプロによるものが多いので、しっかりした「美術作品」のような出来ですが、メキシコのレタブロに描かれる絵は、どれもとても素朴なんです。(もちろんヨーロッパ風のものも存在します。)
見ていてほほえましい気持ちになります。
昔のメキシコの一般庶民のあいだでは、識字率も低かったのですが、「絵」という方法であれば、だれでもエクスボトを奉納することができました。
作られた時代の人々のことを知れる
そして、昔(作られた時代)のメキシコ人について知ることができるのも、エクスボトの魅力です。
エクスボトに描かれるのは、
- 家族のこと
- 健康のこと
- 仕事のことと
- 人間関係
などの、書いた時代の人々の暮らしに密着した内容です。
なので、なかなか記録されることのない「一般庶民」が、当時どんなことを考えていたのか、どんな暮らしをしていたのかを知ることができるのです。
メキシコ人の遊び心が満載
実は、最近のエクスボトは「奉納画」としてよりも、遊び心溢れる「風刺画」として注目をあびています!
例えば、
- 包丁を持っている女性の絵に、
「神様、わたしは浮気性の夫が今浮気で忙しくて家にいないことに感謝します。もしいたら、おそらくキッチンにある包丁で刺してしまうと思うから。ああ神様、私を犯罪者にしないでくれてありがとう。」 - 裸でベッドにいる男女と、それを見守るキリストの絵とともに、
「○年●月○日 神よ、ぼくが親友の彼女と何度も浮気しても、誰にもバレなかったことを心から感謝します。」 - プロレスで盛り上がっている女性の絵と共に、
「聖なる悲しみの母よ。私は●月○日、最前列で大好きなプロレスを見ていたら、巨大レスラーが私の上にぶっ飛んできたのですが、目が覚めると病院にいて、あばら数本と両腕の骨折、あと巨額の治療費だけで被害がすんでいました。本当に感謝いたします。」
といった調子。
絶妙なセンスで状況を皮肉る風刺画がとても多く、見ると吹きだしてしまいそうなものも。
不真面目な内容と、神に捧げる風のシリアスな文面とのギャップが、多くの人の心をつかんでいるようです。
日本だと、「神様に奉納するもので遊ぶなんて、不謹慎だ!」と怒られてしまいそうですが、メキシコではこれが大人気。
おちゃめなメキシコ人の遊び心溢れる、とてもメキシコらしいアルテサニアです。
もちろん、「冗談」だけでなく、本当に感謝の気持ちを描いているエクスボトもあります。
メキシコシティで見つけたエクスボト
ここからは、いろんなエクスボトを見てみましょう。
こちらは、エクスボト職人の中でも「巨匠」といわれる、ビルチス氏の作品です。
左の方に、トランプ大統領がいますね…。
この写真を撮ったのは2017年で、トランプが大統領になったあとでした。
左上には、アメリカをテーマにしたエクスボトも。
タイムリーな話題や政治も、エクスボトのネタとして拾い上げられます。
「親戚が無事にアメリカに密入国できました。これから彼が私たち(家族)に仕送りをしてくれます。ありがとうございます」とかも見たことがあります。
かなり現代的なエクスボトですね。
メキシコの、特に田舎の方は、親戚、お隣さんやご近所、友達など、身近な人がアメリカに密入国していることが多いので、「彼らの無事」は、現代のエクスボトの題材として結構よくあると思います。
立体的なエクスボト
立体バージョンのエクスボトもあります。
ボラドーレスの踊りのレタブロ。
なんとか解読してみると…
Apolonio Juarez se callo(cayo) de lo alto del poste de los voladores y cizote de pura tarema(tarima) y doy gracia que no maxi del golpazo.
かな?(ちょっと違うかも。。)
訳すと、、
アポロニオ・フアレスがボラドーレス(伝統的な踊り)のポールのてっぺんから落ちたけど、土台(もしくは足)が傷ついただけで、強く(体を)打ち付けることがなかったことに感謝します。
この職人さんはボラドーレスのテーマが好きみたいで、平面バージョンも描いてました。
これも解読してみると…
Ruben Ortiz al subirse al poste de los voladores y se cello(cayo) y cisote(cizote)de pura lomo y yo pense que lla(ya) no iva a caminar.
Ruben Ortizが、ボラドーレスのポールに登って落ちた時に、背中を打っただけだった(それで済んでよかった)し、もう彼は歩けなくなるかと思った(けど歩けてよかった)。
結構スペルミスが多く、口語で書かれていて略している部分もあるので、作品によっては解読が難しいこともあります。(文章が全部「y(and)」でつながってるし…。)
しかし、それもまたエクスボトの味わい。
一般の人が描いているからこそ、スペルミスも多いし、文章も素人っぽいんですよね。
シャドーボックスっぽい立体エクスボト
立体のエクスボトは、メキシコのミニチュアの「シャドーボックス」とも通じるところがありますね。
シャドーボックスとは、ミニニュアの人形や小物で立体的な世界を作るアートのことです。
(↑)八百屋のシャドーボックス。
メキシコではかなり昔からシャドーボックス作りが盛んです。
メキシコのミニチュアアートの技術は素晴らしいです!!(これもまた記事に書こうと思います)
シャドーボックスとエクスボトを組み合わせた、ハイブリッドなエクスボト作品は、かなり珍しいですが、最近は人気の作家さんもいるみたいです。
(↑)プルケリアでの一幕をエクスボトにした作品。
「プルケ」というメキシコの伝統的なお酒(テキーラ、メスカルと並ぶメキシコの三大地酒)を飲む場所を「プルケリア」と呼びます。
酒場のシーンは、よくエクスボトに出てきます。(いろいろ事件が起こりやすいんでしょうね。。)
小さいミニチュアの陶器なども細かいです。
(これは、エクスボト職人が、他のミニチュア作家から購入して作品に使っています)
(↑)たぶん、火事にあった時のエクスボト。
(↑)これはエクスボトなのか、ただのシャドーボックスなのか、、。
箱の中に敷き詰められたメキシコのビンゴゲーム、「Loteria(ロテリア)」のカードがいい味出してます。
(↑)謎すぎる箱型のエクスボト。
テキーラブランドの名前(ホセ クエルボ)と、「Cuando te tocan el corazon(誰かにときめいた時)」と書いてあります。
中に何があったのか覚えていません…。
(↑)ルチャのフィギュアを使った作品。
メキシコシティのある骨董市で、家具と一緒に販売していました。
こんな風に、「作品と、自分の家にあったいらないものを一緒に販売してる」という人も多いです。
エクスボトのテーマ
エクスボトのテーマには、様々な題材が選ばれます。
写真は、有名作家Alfredo Vilchis(オルフレッド・ビルチス)の息子さん。(彼も修行中。)
お気に入りの絵を聞いたら、プロスティチュート(売春婦)の絵を選んでいました。
売春婦や浮気など、世の中の「タブー」を題材にしたエクスボトはとても多いです。
それにしても、「売春婦とグアダルーペ(褐色の聖母)」が並んだ絵って、なかなかインパクトありますよね。
他にも、
- ルチャ・リブレ(メキシコのプロレス)
- お酒(主にテキーラ、メスカル、プルケ)の失敗談
- 夫婦喧嘩
- 恋愛や失恋
- 事故(とくに交通事故)
など、メキシコの一般庶民にとって身近なものはよく描かれます。
あと、グアダルーペもよく描かれますね。
エクスボトのコレクターも多い
エクスボトは、面白いのでやっぱりコレクターも多いです。
このエクスボトたちは、フリーダ・カーロの生家に飾ってあるもので、彼女が個人的に集めたエクスボト・コレクションです。
フリーダ・カーロは、生粋のメキシコ雑貨(アルテサニア)好きとして有名でした。
フリーダカーロは、自分が絵を描くときに「エクスボトから影響を受けた」ことを話していました。
エクスボトを見つけるなら
エクスボトは、教会があるところでならばどこでも見ることができます。
今までに、メキシコシティ、オアハカ、グアナファト、サンミゲル、サンルイスポトシなどいろんなところで見かけました。
買うならメキシコシティ
「手に入れる」となると、メキシコシティが最もおすすめです。
最近は人気が高まってきていて、民芸品ショップやお土産屋でも見かけるようになりましたが、凝ったものは骨董市でよく見かけます。
骨董市は、土曜や日曜にメキシコシティの中心地でいろいろ開催されています。
毎週日曜にラグニージャで開催される「泥棒市場」には、エクスボト職人の中でも「巨匠」といわれるAlfredo Vilchis(オルフレッド・ビルチス)氏の露店も出ます。
また、エクスボトの専門書(というよりも、図録)もあります。
古本屋に売られていたり、エクスボトの販売者が持っていたりします。
こういう本のアイデアも参考にするんだとか。いろんな写真が載っていて、面白かったです。
また、別の人の描いたエクスボトを見て、「同じ事件について、自分流にエクスボトを作る」とかもやるみたいです。最近作った、100年前の事件についてのエクスボトとかもあります。
エクスボトが飾ってある場所
エクスボトが飾ってある場所を見たいなら、まずはメキシコの主要な巡礼地をチェックしてみるのがおすすめ。
©️Thelmadatter(CC BY-SA 3.0)
おすすめは、Señor de Chalmaが祀られているチャルマです。
メキシコでもとても有名な巡礼地で、訪れる巡礼者の数はグアダルーペ寺院の次に多いと言われています。(メキシコ州観光局によると毎年200万人もの人が訪れているんだそう。)
ここのエクスボトコーナーには、人々に起きた奇跡とその感謝の気持ちが綴られたエクスボト、お礼の捧げものがたくさん置いてあります。
日本の神社で絵馬を覗くような感じで、通りがかる人は「どこかの誰か」に起きた奇跡に見入っています。
ただ、チャルマはメキシコシティからは結構遠いです。(メキシコシティ中心地から約100km、タクシーで2時間半)
メキシコシティにあるコレクション
メキシコシティの中で見たいなら、チュルブスコ地区にあるMuseo Nacional de las IntervencionesのINAH(Instituto Nacional de Antropología e Historiaー国立人類学歴史研究所)のコレクションがおすすめです。
営業時間 | 火〜日の9:00〜18:00 (月曜休み) |
料金 | 75ペソ 日曜は無料 |
あとは、プエブラにも数千のエクスボトのコレクションがあります。
エクスボトは、普通は「特別展」でしか展示されないので、宗教系のMuseoイベントをチェックしておくといいと思います!
以上、メキシコのエクスボトについてでした!