いままでの記事では、フチタンの伝統衣装(フチタンウイピル、テワンテペクウイピルなどと呼ばれています)についての簡単な紹介と、フチタンがどんな場所なのかを説明してきました。
というわけで本記事は、フチタンの伝統衣装についての【3個目】の記事です。読んでいない人は、とりあえずこのあたり(↓)を把握しておいてください^^
- フチタンには「マチスモ(男性優位)」が盛んだったメキシコおいては珍しいことに「母系社会」の歴史があったこと
- 彼女たちが着る伝統衣装は「自立した勇気のある女性のための服」と見なされ、フリーダカーロにも愛用されていたこと
今回の記事では、「フチタンの伝統衣装と刺繍のデザインについて」紹介します。
もくじ
手作りウイピルはすべて一点もの
まず、フチタンの伝統衣装は、すべて手作りの一点物です。同じ職人さんが作ったものでも、一枚として同じデザインのものはありません。
それらの衣装は、
- 素材
- 作り方
- デザイン
によって種類分けすることができます。
フチタンの伝統衣装の種類
まず、フチタンの伝統衣装には、
- 晴れ着
- 正装
- 普段着
の3種類が存在します。
- 晴れ着は「ここぞ!」というときのため、最もオフィシャルな場で着るものです。日本で言うと、「振袖」みたいな存在ですね。滅多に着ないけど、着る時は髪もメイクもばっちりセットします。フチタンの伝統衣装の正装は、特別なお祭り(「ゲラゲッツァ」の祭りなど)で見ることができます。
- 正装は、晴れ着と似ているのですが、正装よりも少しシンプルなデザインになっています。それでもとっても丁寧に作られており、なかなか見られません。「上等な着物」といった感じでしょうか。同じく気合いを入れる時に着ます。
- 普段着は、その名の通り普段着るための服。装飾がかなりシンプルになり、比較的安価なので一人何枚も持っています。ただ、普段着にTシャツなど西洋風の服を着る人も多くなっています。
どの服もサポテコ族としての伝統的な衣装であり、シンボルでもあります。
そしてこれらの服は、作り方によって5種類にわけることができます。
1.トラへ・ボルダード
フチタンの衣装の中でも最高級品で、「フチタンの衣装といえばコレ!」という最も有名なタイプです。正装、晴れ着として着られます。
トラへ・ボルダードとは「刺繍した衣装」という意味なのですが、このタイプの衣装はその名に恥じぬ素晴らしい刺繍クオリティーです。花びら一枚一枚が細かな「サテンステッチ(面を埋めるような刺し方)」で描かれ、最も高い技術を必要とします。
昔は、このタイプの布地に絹やビロードが使われていたこともあるのですが、90年代に入ってかなり値が上がり、ぜいたくな物になりました。
現在は、絹・ビロード製のものはほとんど見かけません。またビロードの場合、生地の性質上よりたくさんの刺繍糸が必要になり、さらに高価になります。
2.トラへ・テヒード
トラへ・テヒードは、刺繍糸よりも安価なぬい糸で刺繍したものです。正装、普段着として着られることが多いです。
デザインは、トラへ・ボルダードのものとよく似ていますが、刺繍に使われている技術が違います。トラへ・テヒードは「チェーンステッチ」という刺繍方法で作られます。(上の写真をよーく見ると、刺繍がチェーンのようになっているのがわかると思います。)トラへ・ボルダードで使われている「サテンステッチ」よりも簡単で、使う糸の量も少なく、半分以下の時間で作ることができるので値段も安めです。
トラへ・テヒードは、トラへ・ボルダードの次によく見かけることの多いタイプです。最近は、トラヘ・ボルダードが人気すぎて手に入りにくいので、こちらのタイプの方をよく見かけます。
3.トラへ・カデニージャ
こちらは、今までとはうって変わった印象のデザイン。ミシンを使って幾何学模様を刺繍したタイプです。上で紹介した「トラへ・テヒード」や「トラへ・ボルダード」とは技術もかなり異なります。こちらは「普段着」として着られることが多いようです。
ミシンを使っているものの、工程はすべて手作業で行われます。黒やあずき色など暗めの生地に、赤や黄色の幾何学模様がよく映えます。上の写真のもののように、花の刺繍と組み合わせたタイプもあります。
Frida Kahlo “Tree of Hope”
フリーダ・カーロの自画像作品『Tree of Hope』でフリーダが着ていたのは、このカデニージャタイプでした。彼女のほかの絵の中でも、このタイプの服が描かれていることが多いです。
4.トラへ・リストン
残念ながら、このトラヘ・リストンは写真がありません。
これは、最近は滅多に見かけることのないタイプの衣装で、刺繍したリボンで飾りつけたものです。子供向けなのか、大人用のトラヘ・リストンはほとんど見かけません。
もしかしたら、もうすで作られていない可能性も…。見たことがある人は、教えてください^^
5.トラへ・デ・マキナ
トラヘ・デ・マキナとは、「機械製」という意味です。その名の通り、全自動の機械で作られます。
伝統衣装を作る職人が減ってから、機械製はかなり目立つようになってきました。機械によっては、明らかに機械製だとわかるようなクオリティーの低い物から、外国製の高価な機械を使ったクオリティーの高い物もあります。
しかし、やはりクオリティーの高い「手作り」の方が需要が大きいです。実際、わずかな刺繍糸の向きなどでデザインの全体の印象は一気に変わります。
また、機械で作る場合、大きな花のデザインは難しいので小さめの花になります。
これが、大きな花のデザインの衣装が減っている理由です。
フチタンの伝統衣装の特徴と基本的なつくり
フチタンの伝統衣装には様々なタイプ、多様なデザインがあるのですが、必ず一目でフチタンの衣装だとわかります。
そこには、すべてに共通している特徴があるのです。
では、フチタンの衣装の特徴とは、何なのでしょうか?
1.左右・前後が対称
まず基本的に、伝統的なフチタンのブラウス(上半身の衣装)は、必ず左右対称にデザインされています。それは、フチタン周辺に住む人々の美の価値観によるものです。
花びらの色、葉っぱの向き、全て左右対称に統一されています。
また、前と後ろも必ず同じデザインです。腕のいい職人は、まるで鏡で合わせたように完ぺきな対称デザインに仕上げます。
これが、フチタンの衣装の第一の特徴です。
2.「存在感」を追及している
フチタンの衣装に地味なものはあまりなく、基本的に派手で人目をひく色使いやデザインです。この特徴がフリーダ・カーロやパリで評価を受けたポイントでもあります。
フチタンの衣装は、強い女性、堂々とした女性が着る、パワーのある服なのです。
その背景には、フチタンの女性たちの「存在感への追及心」があります。
スペイン語で、「La Presencia(存在感がある)」という言葉があるのですが、これはフチタンの女性にとって最高の褒め言葉です。
逆に、「No tiene la presencia(彼女には存在感がない)」というのは、一番酷い悪口にあたるそう。
彼女たちにとって、存在感を発揮しリーダーシップをとることのできる女性こそが、最も尊敬され、誰もが目指している「女性としてのあり方」なのです。
衣装のデザインは、花以外にも奇抜な幾何学模様やリボンのついたものなどいろいろありますが、どれも特徴的で目立つ、「存在感のあるデザイン」なのです。
3.一枚で着られる仕様
外から見るだけではよくわからないのですが、フチタンの衣装は、一枚だけで着られる仕様になっています。
フチタンの女性は、もともとブラジャーや下着シャツを着ません。
この衣装を、はだかに直接着ることになります。なので、肌に直接触れることになる裏地は、基本的に肌なじみのよい木綿地で作られ、かなりしっかりしているものが多いです。
裏地の模様は、水玉模様のことが多いです。
また、下着、服すべての役を担うこの服は、素晴らしい刺繍(=糸がたくさん使われている)のものほどズッシリと重みがあり、分厚いです。
職人の仕事について
職人の丁寧な仕事の背景
この伝統衣装を作る刺繍師には、「自分は職人だ」という自覚がある人が多く、みな誇りを持って仕事をしています。
また、「色の使い方が上手な職人」、「刺繍自体が丁寧な職人」など、買う人からの評価や口コミはとても重要です。それによって仕事の数(注文量)が変わってくるので、みな丁寧な仕事を心がけます。
また、他の職人と差を作るために、新しい色の組み合わせや花のデザインを考えたり、古い模様を復活させたりと、研究熱心な職人も多いのです。
人気職人に刺繍注文するまでの長い道のり
人気職人になったとしても、一年間に作ることのできる最高クオリティー衣装の数は限られていて、せいぜい2,3着が限界です。
なので、注文する方はかなり前もって(だいたい必要な日の一年前に)その職人に頼んでおく必要があります。
フチタンには、「時間をかけることは、価値を生む」という考え方があるので、かかる時間に文句をいう人はいません。
しかし職人は「誰の注文でも受ける」というわけではありません。基本的には、信用できる人や、知り合いからの注文しか受け付けません。
そこで、まず頼む方も職人の信用を得る必要があります。
もしその職人と知り合いでない場合は、だれかに紹介してもらい、知り合い、交流を深め、そしてやっと衣装を頼むことができます。
衣装一着作ってもらうのでも、長い道のりが必要なんですね。
それでも、衣装は彼女らの人生の中でも最も高価な買い物のひとつで、毎年ある大きな祭り(「ベラの祭り」や、オアハカのゲラゲッツァなど)の時にもとても重要なものなので、みな自分の納得のいくクオリティーのものを求めています。
↑最高レベルの衣装で祭りに参加する女性たち
分業
職人の中には、「自分はデザインだけ担当する」、「自分は刺繍だけ」と、分業している場合もあります。
デザイン担当の職人(下絵氏)は、衣装のデザインを決めてから、グラデーション部分の糸の色まで指定します。どの色だと花が最も美しく見えるのかをしっかり研究しているのです。
そして、刺繍担当の職人(刺繍師)は、下絵師から受け取ったデザイン図を買い取って、それに忠実に作り上げます。
最後、作り上げた完成品を、下絵師も見ます。そして、合作として売ることもあれば、刺繍師が自分の作品をして売ることもあります。
刺繍師の仕事の方がずっと時間がかかるので、最近は下絵師がデザインしたものを機械で作ることもよくあります。
しかし機械の場合、刺繍のグラデーション具合がデザイン担当が指定した通りになっていないことが多く、せっかくデザインしても酷い出来になることも多いそうです。「機械で作った完成品は、ガッカリするのが嫌だから見ないようにしている」というデザイン師もいるそうです…。
やはり手刺繍の美しさは、刺繍の丁寧さだけでなく、色合いやグラデーションを調整してく「人間の審美眼」を発揮して完成されるものなんですね。
外国人は、フチタンの衣装を手に入れられる?
このようにして、フチタンの素晴らしい衣装は、作られ、着られています。
最近は、手刺繍の素晴らしい衣装を作る職人が減り、手に入れるのが難しくなっていますが、実は、この衣装が手に入りにくいのは、最近のことだけではありません。
話したように、衣装を職人に頼むのには、お金の他に、職人との信頼関係、一年間の待ち時間など、深くその地に関わっている必要があります。
「よそ者」のわたしたちにとっては、あまりにも土着の品すぎて、手に入れるのが難しいのです。
その証拠に、なんと作られる衣装の90%は注文を受けて作ったもので、市場に出回りません。
私たちが買える(可能性のある)新品の衣装は、たったの10%なのです。
↑ オアハカのマーケットで売られていた、10%の服
なので、ほかに手に入れられる可能性としては、「古着を手に入れる」という方法がありますが、それすらもなかなか出回りません。
フチタンの女性は、衣装を長い間とても大切にするからです。
フチタンの女性にとっての伝統衣装
フチタンの女性たちにとって、この伝統衣装はどのようなものなのでしょうか?
おそらく、自分たちの人生を彩ってくれる、自分をより輝かせてくれる、かけがえのないものなのではないかと思います。
服を手に入れる前の完成を待ちわびる楽しさや、実際に受け取った時の喜びは一塩でしょう。
待った時間分、ワクワク分、そして着ている間の幸せ分、この衣装は、払ったお金よりもずっと価値のあるもので、彼女たちにとってこの衣装はずっと大切にして行きたい「一生もの」なのです。
これは、毎年流行が変わり、時代によって「着るべき服」が変わっていくような世の中で、お金を払えばすぐに服が手に入る環境に慣れているわたしたちは忘れてしまっている感覚でもあります。
「服は、自分の人生をより豊かにしてくれるもの。」
そんな、デパートのキャッチコピーで見たような文章も、彼女たちにとっては真実なのでしょう。
そう考えると、なんだかフチタンの女性がとてもうらやましくなりました。
服も、彼女たちに着られるのは幸せなんだろうな、と思います!