メキシコの刺繍・織物・服

フチタンは、女の都!世界に感動を与えた「伝説の伝統衣装」とは

フチタンとその周辺エリアで作られているウイピル(民族衣装)についての記事、第二段です。

大人気のフチタン村の民族衣装

前に一度、フチタンウイピル(民族衣装)についての記事を書きました。
可愛いメキシコ刺繍といえば、オアハカの民族衣装フチタン・ウイピル!

Huipils From Oaxaca Mexico

前回の記事では触れなかったのですが、この伝統衣装は、かつて「女性の自信と勇気の象徴」として世界中から注目を浴びた伝説を持ちます。

ここの民族衣装は、一体なぜ「伝説」になったのでしょうか?そして、そんな伝統衣装が作られているフチタン村とは、一体どんな場所なのでしょうか?

今回は、この伝統衣装の輝かしい歴史を紹介します。

女の都「フチタン」とは

フチタンの場所

フチタンは、メキシコで最も多くの先住民が住む「オアハカ州」の、海岸近くにある街です。

地図で見るとわかるとおり、メキシコの中でもかなり南部の方です。

南部の「オアハカ州」や「チアパス州」には、マヤ系の民族が多く、今でも伝統的なくらしを送る人がたくさん住んでいます。地形的にスペイン人による植民地化もあまり激しくない地域だったので、昔から続く豊かな民族文化が守られてきました。

マチスモの通用しないフチタン

メキシコには、国全体に昔から根付いている、「マチスモ(男性優位)」という考え方があります。

マチスモは、日本でも使われる、「マッチョ」という言葉の語源になっている言葉です。

これは、必ずしも女性差別というわけではなく、男性は女性に対してジェントルマンであることが前提で、男性が家庭や社会においてすべての中心になるのです。

しかし、フチタンでは他地域のようなマチスモは通用しません。政治関係では男性優位の傾向はあるものの、フチタンでは女性が生活の中心を担ってきたのです!

フチタンの母系制社会

フチタンには、メキシコでは珍しい「母系制社会」の歴史があります。人類学的に、母系制社会の大きな特徴のうちの2つは、以下の通り。

  • 母方が血筋を決定(財産も相続)し、母方の家に住む
  • 農業社会で、農業関係の祭りが毎年ある

フチタンは、この2つの特徴(特に2つ目)に当てはまります。

母系制社会では、子どもの血筋を決める権利は基本的に母親にあり、子どもは母親の家族と過ごすことになります。現在フチタンには父系・母系両方のケースがあり、婿養子のパターンもまだ見られます。ただ、核家族が増えているのでより多様になっているようです。

また、農業社会で「農業に関係する祭」が多いのも母系制社会の特徴で、フチタンはこれにも当てはまります。

母系制社会というのは別に「女性が偉い」・「女性中心主義」とかいうわけではなく、民族をグループ分けする時の学術的・客観的な区分です。実は本人たちがどう思っているのかはあまり関係なかったりします。

しかし、注目すべきなのは、”フチタンでは昔から女性が経済(生産、商業)に参加してきたという歴史がある“点です。

市場に行くと良く分かるのですが、フチタンで商売をしているのは女性が多いです。別に男性が怠けているというわけでは決してなく、男性の役目は、農業などの力仕事や家でできる仕事です。分業の仕方が、他のメキシコの地域と少し違うんですね。

フチタンに専業主婦はいない?

昔からフチタンには「専業主婦」という仕事はないのだそう。女性はみな、何かしらの仕事をしています。

これは、特に昔は「女性は結婚したら専業主婦になるのが当たり前だ」と考える地域の多かったメキシコでは、とても例外的です。

フチタンの女性は、例えば、主婦業をしながらも刺繍・裁縫などの「生産者」としての役目を持ち、市場に行くときは、夫が収穫した野菜を売る「商業者」になります。

フチタンでは、裁縫関係(服など)はほとんどの生産が「注文オンリー」なので、趣味レベルの刺繍をしているわけではなく、期限と名声(生産者として得られる口コミ)を守るため、きちんと責任のある「仕事」をしています。

フチタンの女性の服は「主役の衣装」

フチタンの民族衣装は、とても派手で特徴的です。

Tehuana Fashions Mexico

そしてとても美しく、一目見れば、フチタンのものだとすぐにわかります。つまり、それを着ている人を見れば、一目で彼女たちが「フチタンの女」だとわかるのです。

この衣装は、「フチタンの女」というアイデンティティーを持つためにとても大切な要素です。そして彼女たちは、自分たちがフチタン出身であることに誇りを持っています。

毎日、仕事を主体的にしっかりこなし、堂々と生き、そして自分の人生に自信を持っているので、人生の主役は夫や家族ではなく、いつも自分なのです。

フチタンの女性の自信が表れる服

フチタンに住む人にとっては、フチタンの伝統衣装はいつも見る「普通の服」かもしれませんが、実際、客観的に見て、フチタンの服はとても主張が強く、派手です。

着る人を選びそうですが、彼女たちが堂々と着こなし、しかも驚くほど似合っているのを見ると、この服のデザインは彼女たちの自信を表現しているのではないか、と思わされます。

フリーダ・カーロが「発見」したフチタン

そんなフチタンの服に目を付けたのが、世界的に有名なメキシコの女流画家、フリーダ・カーロ(1907-1954)でした。

↑ フリーダ・カーロ

今でこそ、女性が自信を持って生きるのは当たり前の世の中ですが、フリーダ・カーロが生きた昔は世界のどこに行っても根強い男女差別があり、「女性は男性に劣っている」という考えがあたりまえでした。

そんな時代に、フリーダ・カーロはここフチタンを訪れ、ここに生きる女たちの生き方に、そして女であることに対しての自信と力強さに、強い感銘を受けました。それからフリーダ・カーロは、フチタン含めテワンテペク地方の衣装を自ら身に付けるようになりました。

この衣装は、彼女の「女性として堂々とありたい」という気持ちを丸ごと代弁してくれる服だったのでしょう。また、フチタンの衣装をはじめとする様々な民族衣装を進んで着ることで、彼女自身が「動くメキシコ芸術」となり、メキシコを代表する女性として、海外を訪問しました。

彼女の狙い通り、売れっ子女性アーティストの着ている見たことのないような服に、海外の人々は注目しました。さらに、彼女は、この服のスタイルをパリやニューヨークといった「ファッションの中心地」に紹介したのです。

そこから、メキシコの田舎にある無名の村の伝統衣装は、世界から目を向けられることになりました。

フチタンの服が「自立した女性の服」として世界へ

一流ファッションデザイナーの「エルザ・スキャパレッリ」が、1930年代、この地域の民族衣装デザインを自分のモードに取り入れたスタイルを発表した時、フチタンの服は「自立した女性だけが着ることのできる、強いデザインの服」として受けとめられました。

当時、ヨーロッパなどの先進国で大流行していたのは、上品でシンプル・控えめで上品な「ココ・シャネルスタイル」で、そのテーマも「強くて真のある女性」でした。

だからこそ、人々の間では「同じテーマで、ここまで真反対のファッションが発表されるとは!」という驚きもあったのでしょう。

着るのに勇気のいる服

当時の先進国の人々にとって、フチタンの服はとても「風変わり」なものでした。

そのあまりにも派出な色の組み合わせは、当時の人々の考える「美の基準」からは遠く離れており、服自体のあまりにも強い存在感は、着るのに勇気が必要でした。

しかし、「それこそがこの服の真の価値だ」とフリーダ・カーロは考えました。「着るのに勇気がいる…そんな服を着た人は、つまりその時点で勇気のある女性なのだ」と。

この服をもともと着ているのは、フチタンの女としての自信を持って生きる人たち。そして先進国においても、この奇抜なデザインを受け入れ、着ることのできるのは、勇気のある女性たちでした。

フチタンの服は、その存在自体が「女性の自信と勇気の象徴」とされ、この服のあり方に多くの人が感動しました。

さいごに

そんな歴史を歩んできたフチタンの民族衣装は、今でも多くの女性を惹きつけ、愛され続けています。流行は移り変わり、一時ファッション界を揺るがしたこの服も、時代の流れともに忘れ去られます。

数十年前と比べメキシコ全体の女性差別も薄れつつあり、この地域の家族のあり方も多様化しているので、この村の特徴とされていた「女性が生き生きしている例外的な場所」という位置づけも変わってきています。

しかし、あの時人々の心を動かした「驚き」と「感動」は、今もファッションのどこかに影響を残しているはずです。

フチタンの民族衣装を着て、胸を張るフチタンの女性は、本当に美しいです!

それは、「実はあの地域がサポテコ美人の名所だから」という理由だけでなく、彼女たちから、女性としての自信や力強さ、そして朗らかな華やかさが強く感じられるからだと思います。

フチタンの服は、今でも変わらず派手で、個性が強く、そしてパワフルです。そして、着るのにちょっとだけ勇気がいるのも、たぶん変わりません。わたしもフチタンの服を持っていますが、オアハカにいる間、一度も着られませんでした。汚したくない、というのもありますが、この服を着る「勇気」がなかったのかもしれません。また今度オアハカに行く際には、この服を着て歩いてみたいな、と思います。この服を着たら、もしかしたらいつもとは少し違う景色が見えるかもしれない…そんな風に思えて、楽しみです。

人の心にそんな素敵な変化を与えてくれるフチタンの服は、きっといつまでも、「一流のファッション」であり続けるでしょう。

参考文献:
大泉実成, 水木しげる(絵)(1999)『幸福になるメキシコ』祥伝社
V・ベンホルト=トムゼン(1996)『女の町フチタン』(加藤耀子ほか訳)藤原書店

つづきの記事⇒『フチタンについて。「母系社会」を否定する現地の人々