今回はメキシコシティ周辺で、また大きな地震が起きました。

9月23日朝(日本の9月23日(土)夜)のオアハカでの地震について、新しい記事を更新しました。現時点での最新情報です。
また…メキシコ オアハカ州でM6.2の地震発生。支援金期限延長します


今日(9月19日)また、メキシコで大地震がありました。

今度はM7.1で、震源は今度はメキシコシティのすぐ近くのプエブラ州です。

地震が起こった時

今、わたしは前回の地震被害の中心地だったオアハカ州の中の、オアハカ市にいます。

19日のお昼ごろ地震が起こった時、わたしはオアハカ市の小さな食堂でご飯を食べていました。

すると机が突然カタカタと揺れ出し、みんな急いで建物の外に避難しだしました。

前回(2週間前)の地震があったことでみんな地震に対してナイーブになっていて、店員の女の子は泣きだしそうでした。

揺れは1分くらい続きましたが、強くなる気配もなく無事止まったので、みんなまた食堂の建物に戻っていきました。

それで終わったので、「大きな地震じゃなくてよかった。」と思って安心していたのですが、後から、ふと街角のテレビを見ると、瓦礫の山と必死で救出している人達の姿が映っていました。

これはただごとではないと思い近づいてよく見ると、今回の地震の中心地はなんとメキシコシティ周辺とのこと。ちょうど一昨日まで居たメキシコシティも、大被害にあっていました。

メキシコの中継

メキシコのテレビでは、生中継で救助活動の様子が映っていました。

ぐちゃぐちゃに崩れた瓦礫の中から、目を閉じて動かない女性が出てきました。みんなが呼びかけていると、しばらくしてその女性は目を覚まし、自分が助かったことがわかったのか、泣きだしました。

そんな必死な現場の様子がテレビでも放送されていて、今回は被害のなかったオアハカの人達も、見守るようにずっとテレビの画面を見ていました。

 

地震が起きてしばらくすると、個人がたまたま撮影していた動画が次々にインターネットに投稿され始めました。

ビルが丸ごと倒壊する様子、メキシコシティ南部にある「ソチミルコ」という運河に大波が起きている様子、どこかのビルの屋上から撮影したらしい酷いガス爆発、道の電灯が倒れてきたのが当たり、倒れて動かない人…。

リアルすぎる現地の様子が、テレビやインターネットを通して伝わってきました。

32年前と同じ日

今回の地震は、なんと、32年前の1985年、約10,000人の方が亡くなった大地震「メキシコ地震」と同じ日に起きました。偶然ではありますが、なんだか怖いです。

しかし、だからこそ、今日はメキシコ各地の会社や学校で地震発生時の避難訓練が行われていたのだそうです。

もしかしたら、その避難訓練の後だからこそ、多くの人がスムーズに移動できて助かったのかもしれません。

前回の地震と今回の地震

テレビや個人投稿含め、前回の地震(二週間前の9月7日のもの)よりも、今回の地震は情報が回ってくるのが早く、大統領もかなり早い段階で記者会見を開いてコメントを出していました。

前回(9月7日)の震源地はチアパス州とオアハカ州の近くで、オアハカ市などの大きな街は多少古い建物が被害を受けたものの基本的には大丈夫で、主に被害を受けたのはオアハカ州の中でも海岸近くの田舎の方でした。

なので、現地の様子もなかなかわからず、リアルタイムの情報もあまりありませんでした。

しかし、今回の地震は前回の地震よりも被害地が都市部(メキシコシティ周辺、プエブラなど)なので、テレビの取材が入るのもとても早く、地震が起きている最中の個人撮影も多かったので、どんなにひどい地震だったのかがわかりました。

また、大きめの街は高い建物が多い分、逃げ遅れや崩れた瓦礫の下敷きになってしまった人も多いようで、被害者の数も多くなりそうです。

今の時点で、死者数はすでに140人を超えています。まだこれからもその数は増えていきそうです。
(翌朝ニュースを見ると、200人以上に増えていました…。)

地震の影響と支援

わたしはつい先週までメキシコシティ周辺で働いていたので、インターネットに繋がる環境に行ってすぐに一緒に働いていた人たちに安否確認のメッセージを送りました。

みんなの無事が確認できてホッとしたところで、日本からもメッセージが来ていました。

わたしは前回の記事でも書いたように、元々の計画通りオアハカ市に来ていて無事です。

先週から、オアハカで最も被害のひどかった町・フチタンの援助のため支援金を集めていて、前回の記事を読んだ方々に協力していただき、たくさんの支援金が集まりました。(本当にありがとうございますm(_ _)m まだ10/3日23:59まで受け付けています。)

そして、やっと昨日メキシコシティからオアハカに移動してくることができたので、現地にどのような形で支援を送るかを検討している最中の、今回の地震でした。

まだ混乱の最中ということもあり、自分が今、メキシコシティの地震に対してできることは、ただ祈る意外にないです。

が、とにかく今は自分がすべきことである、フチタンへの援助をしっかり責任を持ってやり遂げようと思います。

これからの治安も心配…

前回の地震の数日後、最大の被災地でもあるフチタンの町に行った人の話を聞いて驚いたことがあります。

それは「フチタンの治安がとても悪化している」、ということです。その人いわく、みんな余裕がなくなってしまっているようで、夜は危険すぎて出歩けないほどとのこと。

しかもその人は、メキシコシティで最も治安の悪い地域「テピト」にも平気で買い物に行けるような人なので、その人が「出歩けない」というということはよっぽど酷い状態だったのだと思います。

(わたしはオアハカ市から支援を送るので、フチタンまでは行きません。)

地震のあとは一時的に治安がかなり悪くなる、というのは、日本でも聞いたことがあるので、どこの国でも同じなのだと思います。

が、それを考えると、田舎のフチタンですら「出歩けない」ほどの治安の悪さになってしまったのに、元々治安の悪いエリアがあり匿名性の高いメキシコシティやほかの周辺の街が、一体どんなことになってしまうのかがとても心配です。

特にメキシコシティにいる人は、余震や建物の崩れ以外にも、いつも以上に治安に気を付けた方が良さそうです。

また、倒壊した建物のある場所が、今Google Mapでも公開されています。

  • 赤いピン:完全に倒壊した建物
  • オレンジのピン:大ダメージを受けている建物
  • 黄色のピン:ダメージを受けている建物
  • 緑色のマーク:物資救援センター(Centro de Acopio)
  • 青い家のマーク:避難所

メキシコシティ内だけでも、たくさんの建物がダメージを受けているようです。

さいごに

前回の地震の時、ソカロにあった山のように積み上がった救援物資を思い出します。

あの時、被災地のためにたくさんの救援物資を集めていたメキシコシティの人々。

今度は、彼らのために、世界中からたくさんの人が助けに向かっています。

前回の7日の地震の際、メキシコのニエト大統領は世界の国々に対して救助支援の要請を出さなかったようですが、今()回はかなり早めに要請を出しています。日本からも緊急でメキシコに協力隊が向かうらしく、もう動き始めているのだそうです。

まだ、地震が起きて半日。72時間までは、まだ60時間あります。

どうか、一人でも多くの人が救われますように。

前回の記事(↓)